摂理がカルトではないことをカルタをつくって説明してみた

摂理がカルトではないことをカルタをつくって説明してみた

摂理はカルトなのではないか、という人がいます。
カルト宗教、危ない宗教団体の代名詞ともなる言葉です。

では、そもそもカルトってどういう定義なのでしょうか。

ヨーロッパでは、社会的に警戒が必要と判断される団体を、「カルト」ではなく「セクト」と呼びます。
フランスが列挙した「セクト構成要件の10項目」があるのですが、
これは、通常の宗教か、セクトまたはカルトを判定する国際的な指針の一つとされています。

  1. 精神の不安定化
  2. 法外な金銭的要求
  3. 住み慣れた生活環境からの断絶
  4. 肉体的保全の損傷
  5. 子供の囲い込み
  6. 反社会的な言説
  7. 公秩序の攪乱
  8. 裁判沙汰の多さ
  9. 従来の経済回路からの逸脱
  10. 公権力への浸透の試み

以上の項目のいずれかにあてはまる団体をセクトとみなしています。

摂理に3年以上いますが、
摂理の御言葉を聞き、その通りに信仰生活をしたところで、上記にある項目は当てはまった覚えはありません。
わたしだけでなく、周囲の人たちに関しても。

わたしの友人たちは、以前より精神が安定したし、健康になったし、子供たちも自由にしています。
むしろ、逆のことがいえるでしょう。

 

ではなぜ、限りなくカルト感0%なわたしたちの宗教が、カルトと言われるのでしょうか。

2018年のはじまり、正月明けから極めて難解な問題と向き合っていたわたしに、
あるひとつの答えが見えたのです。

・・・もしかしてみんな、カルトとカルタを勘違いしているのではないか?

たしかに、この2つの単語は一文字違いだし、見た目も似ている。
決して間違ってもおかしくはありません。

なんということだ、カルタは正月の風物詩、
時に合わせて神様がくださった啓示か、と感嘆しました。

しかし、この勘違いひとつで、人々の間に
どれほど大きな摂理への誤解が起きるのでしょうか。

これはほうってはおけない問題です。わたしの正義感をゆさぶりました。
摂理はカルト宗教ではない。カルタをつくれるだけの、ふつうの宗教であることをみんなに伝えなくては・・!

 

ということで、摂理のカルタをつくってみました。

 

いやほんと、くいあらためます。

 

あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。
という「ルカによる福音書6:29」に忠実に従った鄭明析先生は、
いつも人にあげられるようにパンツを2枚はいていたっていうエピソードがすごくすきです。

 

神様は、いつもすぐそばにいらっしゃいます。

 

マッチョな方がサムソンです。

 

 

おわかりいただけましたでしょうか。
摂理は、カルト宗教ではなく、カルタをつくれる宗教なんです。

摂理でカルタをつくるためには、中身がなくてはつくれません。
信仰生活がすっからかんでは、ネタがありませんから。
それほど実のある御言葉を聞いて、実のある考え方をしていくことができるということです。

今回は緊急でしたから、少ししかお見せできませんでしたが、つくろうとおもえば五十音つくれます。
摂理は中身がありまくりですから、つくろうとおもえば百、千、万音つくれます。
しかし、もう、日本語が50の音でできているわけですから、そこは変えられません。非常に残念です。

 

摂理がカルトなのではないかと疑っていた人は、これを機に、
もしかしてカルタのことだったのではないか?と考え直してみてください。

きっと、神様が悟らせてくださるでしょう。

 

COMMENTS & TRACKBACKS

  • Comments ( 1 )
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  1. by でこぼこ新婦おのり

    すごくステキです!!!!
    カルタの絵も、内容もかわいいですね( *´艸)
    ぜひ、50音カルタみたいです!
    力をうけました、ありがとうございます!

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