極で生きてみたら1日2食になった話

極で生きてみたら1日2食になった話

社会人になったばかりの頃、
っていうか先週くらいまで、お金が本当にありませんでした。
自分が知っている限りのお金をかき集めてみても、残り1000円しかありませんでした。

1000円です。

1が1つに0が3つ。いくら数えても0は3つなんです。
その1枚の紙切れには、野口英世が描かれています。
野口英世は聖書を学んでいた、偉大な人物のうちの一人です。

実はわたしたちは毎日のようにクリスチャンの顔を眺めながら生活していたのです。
毎日大量に発行される一人のクリスチャンの姿。
日本の数少ないクリスチャンは、身近なところで大量にいたわけです。
わたしがその中の1枚と共に過ごした、これまでの1ヶ月について話します。

 

生活をしながら、何に最もお金がかかるかというと、食費です。
逆に言うと、それだけでした。
だから食費を削ることを考えました。

家から、お弁当と水筒とお菓子を持って、毎日出勤するようになりました。
1日に食べる分を全て持って出て行きます。持って行った分しか食べません。
夜ごはんを1日持って歩いたら腐ってしまうので、朝と昼の1日2食です。
そうしていると、自然と少食になりました。

少食の基準は人によって異なりますので、どこから少食なのかというと、なんとも言えません。

たとえば、鄭明析牧師ほど少食な方もいません。
牧師は、健康のために少食にしなさい、とよく私たちに教えてくださいます。
それを聞いて、わたしは健康的な少食生活に憧れを抱いていました。
しかし、わたしは彼と比べると、きっとたくさん食べています。

しかしこの前、一緒に食事をしていた学生の子が、
わたしの3倍くらいの量をぺろりと食べていたので、自分は少食気味かもしれないと思いました。

学生の頃は、なかなか少食になることができず、
吸引力の変わらないあのダイソンのように、すべての食物を吸い込み続けてきましたが、
社会人になると、音は出るけれど全くゴミを吸い取ってくれない掃除機のごとく、
ぱたりと食べることができなくなりました。

そのようにして、食べる量が減りましたが、
通勤によって歩く量は増えたので、1ヶ月で体重が5キロ減りました。
入社直前の3月に買ったスーツも靴も、今はぶかぶかです。
今まで履いていた他の靴もすぐ脱げるようになってしまい、長距離の移動ができません。

 

少食にしたり、1日に食べる基準を決めたりすると、
ついつい外で食べることも減り、お金がかかりません。
また、適度に空腹であれば朝は起きやすく、動きやすいです。
食事の量を管理すると、いいことばかりです。

わたしは今まで、余分に食べていたのだなと思いました。
お腹がいっぱいでも、目の前に食べられるものがあれば、いつまでも食べ続けました。
腹十二分目くらい食べていました。しかし、腹八分目でよいのです。
今まで、生きるために食べるのではなく、食べるために生きていたようです。

最近会った友人には、食べることを楽しみにして生きる人が多い中で、
食事以外で、どのようにストレス解消をしているのかと尋ねられました。

よくよく考えてみたのですが、よくわかりませんでした。
そもそも、毎日楽しいのでストレスをあまり感じていないかもしれない、と答えておきました。

少食になれば、大抵の病気は治ると主張する本もありますが、
あながち嘘でもない感じがします。

なぜかというと、最近は満腹になると、調子が崩れるからです。
夜ごはんを食べた次の日は、胃がもたれて1日中体が重いのです。
そして何より、眠くなってしまいます。
毎日、朝昼晩と人の話を聞く機会があるため、毎瞬間、寝ている場合ではないのです。

今までは空腹に対する恐れがありましたが、今は満腹に対する恐れがあります。

 

また、少食になると、食べる内容も気にかけるようになります。
1日のうちで食べる量は、以前よりも限られるようになりました。
その中で栄養価の高いものを選ばなくてはいけなくなります。

おやつにチョコやチーズのお菓子を、糖分を目当てに食べていましたが、
今はヨーグルトや豆乳などを、栄養補給が目的で選ぶようになりました。

今までは喉が乾けば、すぐに自動販売機やコンビニでペットボトルの飲料水を買っていましたが、
常に白湯を水筒で持ち歩いて飲むようになりました。
白湯はお湯です。水をあっためればいいのです。すぐにできるのです。

しかも、なんと、家の水道からいくらでも出てくるんです。水が。

わたしの目の前に、すでにいいものがあったのです。
すでにたくさん持っていたのですが、遠くにあるものに目が奪われていました。

気づけば、わたしはいつもそうでした。
実はすでにもらって、持っているのに、もっといいものがないかと探し回るのです。
すでに多くのものを持っていることに感謝しなくてはいけません。

 

それから、ひとつ健康的な生活に変えると、続けて他のことも、より健康的にしたくなります。
これは、ひとつ無印良品のグッズを集め始めると、
続けて他のものも同じ無印シリーズでそろえたくなるのと同じ効果だと思っています。
極めたくなっちゃう効果です。

無印良品の食器が並んでいる様子を見て、ちょっときれいかも、と感じると、
続けて他のものも統一し、完全さを目指すようになります。

作品制作も同じように、できる限りきれいな写真を残すこと、
できる限り魅力的なポスターを作成することにハマり、極めようとするから、
続けて以前よりもっとよい作品を生み出すことができます。
極めようとする行為は、人間が本来持っている性分です。

だから、様々な沼が存在するのでしょう。
レンズ沼、ドローン沼、自転車沼、コーヒー沼、イヤホン沼・・
世間には、趣味の沼にハマる人たちが多くいます。

極めるとはどういうことかというと、物事のそれ以上いくことのできない果て、極地に行くまで行なうことです。
自分の限界線まであきらめないで行なってこそ、もっとよいものが生まれます。

実は、自分の体も作品です。
人間は、神様が創造した存在だから、神様の傑作品だといいます。
わたしたちを作られたとき、神様は、「はなはだよい」と満足なさいました。

超最高!と満足なさったんです。
すでに最高の作品につくっていただきましたが、この作品をどのように使うかは、自分次第です。
最高に作ってもらったからには、最高の使い方をすれば、絶対に最高に生きられるはずです。
自分の精神と体こそ、極めるのにぴったりなのです。

 

ということで、できる限りお金をかけず、
できる限り自分の体調をコスパの良い状態にすることにハマってます。
わたしもレンズ沼に沈みそうでしたが、まずは健康沼に沈みそうです。

ちなみに健康オタクで有名なタモリさん(72) は、1日1食だそうです。ぱないっす。

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